店の焼き場に置いてある卵焼き器は銅だ。使い込んで、飴色に光っている。性能でいえば銅が一番いい。それでも家庭には勧めない。テフロンで十分だ。
自宅で自分が使っているのは鉄の卵焼き器だ。プロが鉄というと意外に思われるかもしれないが、これには特別な理由はない。妻が結婚前から使っていたものを、そのまま譲り受けているだけだ。自分で選んで買ったわけではないし、今あるもので不自由していないので買い替えてもいない。
道具は、性能だけで選ぶものではない。手入れにかけられる時間と、今あるもので足りるかどうか。この2つが、家庭では性能より優先されることが多い。
銅の卵焼き器と鉄の卵焼き器の違い
いちばんの違いは熱伝導の速さだ。銅は金属の中でも熱の伝わりが早く、火にかけてから温度が上がるまでの時間が短い。卵液を流し込んだ瞬間、鍋全体が均一に熱くなり、ムラなく火が入る。だし巻き卵のようにふんわり仕上げたい料理には、この立ち上がりの速さが効いてくる。
鉄は銅よりやや熱伝導が遅い。とはいえ十分な性能はある。厚みのある卵焼きを、じっくり火を通しながら巻いていくような焼き方には、鉄のほうが向くこともある。手入れの仕方次第では、鉄も銅に劣らない働きをしてくれる。
差があるのは事実だが、家庭の卵焼きで「銅でなければ困る」場面は、実はそう多くない。
銅の卵焼き器とテフロンの違い
銅とテフロンの差は、熱伝導よりも扱いやすさに出る。
テフロンは表面が加工されているため、油をなじませる工程がほぼいらない。買ってすぐ使い始められる。卵液が焦げつきにくく、菜箸で軽く巻くだけできれいな形になる。洗うときも、普通の食器用洗剤でスポンジを使って洗える。
銅はそうはいかない。使う前に油ならしという工程が必要だ。油をひいて弱火で数分熱し、なじませる。洗剤は基本的に使わない。使うと表面の油膜が落ち、次に焼くときにくっつきやすくなる。使い終わったらすぐに湯で洗い、水分を完全に拭き取ってから収納する。この手順を怠ると、変色やサビの原因になる。
手入れにかかる手間の差
数字で書くと、テフロンは洗って拭くだけで1分もかからない。銅は油ならしに5分前後、洗浄と乾燥にさらに3〜5分。週に何度も卵焼きを作る家庭なら、この差は積み重なる。
銅は美しく育つ道具だ。使い込むほど飴色になり、焼き上がりも安定していく。ただしそれは、手入れを面倒と感じない人にだけ許される楽しみ方だと思っている。
関東型と関西型の違い
卵焼き器には、形の違いもある。関東型は正方形に近い形をしていて、厚みのあるふっくらした卵焼きを作りやすい。関西型は長方形で奥行きが浅く、薄く巻いただし巻き卵に向いている。
関東の卵焼きは砂糖を多めに使う甘い味付けが多く、厚く焼き上げる形と相性がいい。関西のだし巻きは出汁の風味を活かした薄味で、巻きやすい浅めの形が定着した。素材の違いより、こちらは地域の味付けの違いが形に表れたものだと考えている。
家庭でどちらを選ぶかは、作りたい卵焼きのタイプで決めればいい。厚焼き玉子中心なら関東型、だし巻き中心なら関西型が扱いやすい。
料理長メモ:銅の卵焼き器の油ならしをしている最中に、火をかけっぱなしにしてしまったことがある。戻ってきたときには、鍋底が真っ黒に焦げついていた。銅は手をかけた分だけ応えてくれる道具だが、目を離した瞬間の失敗も同じだけ大きい。
価格帯で見る選択肢
| 種類 | 価格帯 | 向いている人 |
|---|---|---|
| テフロン | 1,500〜4,000円 | 手軽に使いたい人。手入れに時間をかけたくない人 |
| 鉄 | 3,000〜6,000円 | ある程度の手入れは苦にならない人。今ある道具で十分な人 |
| 銅 | 8,000〜20,000円 | 焼き上がりにこだわりたい人。日々の手入れを楽しめる人 |
結局どれを買うべきか
性能だけを見れば、銅がいちばんいい。これは厨房で毎日使っていて実感していることだ。それでも家庭に勧めるのはテフロンだ。
理由は単純で、手入れにかかる手間と、日常で得られる差が釣り合わないからだ。テフロンなら油ならしもいらず、洗剤で洗えて、菜箸でも巻きやすい。1分の手入れで、十分に美味しい卵焼きが焼ける。
自宅で鉄を使い続けているのも、性能を求めた結果ではない。妻が使っていたものが手元にあり、それで困っていないというだけの話だ。道具は、今あるもので足りているなら、無理に買い替える必要はない。これから卵焼き器を選ぶなら、テフロンから始めればいい。物足りなくなったときに、鉄や銅を検討すればそれで十分だ。
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