20年厨房に立って残った道具は5つだけだった

数年前、店の厨房を整理したことがある。開店当初に揃えた道具、いただきものの調理器具、「便利そうだ」と買ったものの一度しか使っていないアイデア商品。棚の奥から出てくる出てくる。結局、処分した道具は段ボール3箱分になった。

残ったのは、毎日手に取る道具だけだった。その顔ぶれを見て気づいたことがある。20年間の料理人生活で本当に必要だった道具は、驚くほど少ない。

家庭ならなおさらだ。料理歴20年以上の現役料理長として、家庭に本気で勧められる道具を5つに絞って紹介する。

第1位:三徳包丁(1万円前後のもの)

迷わず1位はこれだ。切る作業は料理の全工程の半分近くを占める。ここが快適かどうかで、料理が好きになるか億劫になるかが決まると言ってもいい。

安物と何が違うか。3,000円クラスの包丁は、買った直後こそ切れるが、切れ味が落ちるのが早い。1万円前後のものは鋼材の質が違い、研げばきちんと切れ味が戻る。「研いで長く使える」ことが価格差の正体だ。

選び方の基準はシンプルで、刃渡り16〜18cm、重さと柄の太さが自分の手に合うもの。メーカーなら貝印・藤次郎あたりが価格と品質のバランスがいい。包丁の種類や選び方の詳細は別記事で解説しているので、そちらを読んでほしい。

第2位:鉄フライパン(26cm)

うちの店で20年使い続けて、まだ現役の鉄フライパンがある。取っ手を一度修理しただけで、本体は買ったときのままだ。テフロンのフライパンを2〜3年ごとに買い替えることを考えると、コスパの意味でも鉄に軍配が上がる。

鉄フライパンの本領は火力への強さにある。強火でガンガン熱しても劣化しないので、炒め物の仕上がりがまるで違う。野菜炒めの水っぽさに悩んでいる人は、フライパンを疑ったほうがいい。テフロンは強火厳禁なので、そもそも家庭で「強火の炒め物」ができない構造になっている。

選ぶ基準は26cm・板厚1.6mm程度。厚すぎると重くて振れず、薄すぎると熱ムラが出る。最初の油ならしという儀式だけ済ませれば、あとは使うほど油が馴染んで焦げつかなくなっていく。鉄とテフロンの使い分けは別記事で詳しく書いた。

料理長メモ:鉄フライパンは「重くて手入れが大変」というイメージで敬遠されがちだが、実際の手入れは使用後にお湯とタワシで洗って火にかけて乾かすだけだ。洗剤で洗わない、それだけ覚えれば難しいことはない。

第3位:竹製の木べら

地味な道具ほど毎日使う。厨房で一番手に取る回数が多いのは、包丁の次に木べらだ。

炒める・混ぜる・鍋底をこそげる・味見する。この全部を一本でこなす。シリコン製のヘラも悪くないが、竹べらは先端が薄く削られているので、鍋底にこびりついた旨みをこそげ取る作業が圧倒的にやりやすい。カレーや麻婆豆腐の鍋底、あの茶色い部分は旨みの塊だ。あれを混ぜ込めるかどうかで味が変わる。

選び方は先端が斜めにカットされていて、板が薄いもの。500〜1,000円で買える。消耗品なので高級品はいらないが、先端が分厚い安物だけは避けたほうがいい。こそげる性能が半減する。

第4位:ステンレストング

菜箸より圧倒的に作業が速い。肉を返す、パスタを掴む、盛り付ける、和える。掴む作業の全般をこれ一本で済ませられる。

厨房では焼き場に必ずトングが置いてある。ステーキや焼き魚をひっくり返すとき、菜箸では力が逃げて崩れやすいが、トングなら面で掴めるので確実だ。家庭でハンバーグや唐揚げが崩れて悩んでいる人は、道具を変えるだけで解決することが多い。

選ぶ基準は全長23〜27cm、先端がギザギザしすぎていないもの。ギザギザが鋭いと食材の表面を傷つける。バネの強さは店頭で一度握って、手が疲れない硬さを確かめてから買うといい。1,000〜2,000円で十分いいものが手に入る。

第5位:キッチンスケール(0.1g単位)

意外に思われるかもしれないが、5位は計量器だ。

料理の失敗の大半は「目分量のズレ」から来ている。特に調味料。レシピ通りに作ったのに味が決まらない人は、大さじ1のつもりが1.5杯入っていることが多い。塩0.5gの違いは、吸い物なら別物になるレベルの差だ。

プロが安定して同じ味を出せるのは、舌が特別だからではなく、計量しているからだ。うちの店でもタレや漬け床の配合はすべてグラム管理している。感覚に頼るのは、計量して基準を体に入れたあとの話になる。

選ぶ基準は0.1g単位で測れて、最大2kg以上のもの。2,000〜3,000円で買える。1g単位のスケールは塩・砂糖の微量計測で誤差が出るので、0.1g単位を選んでほしい。

逆に、買わなくていい道具

100均の包丁研ぎ(簡易シャープナー)

一時的に切れる感覚は戻るが、刃を荒く削っているだけなので、切れ味の落ちが早くなる悪循環に入る。研ぎについては砥石の記事で詳しく書いたが、中砥1枚あればシャープナーは不要だ。

スライサーのセット(5種アタッチメント付きなど)

千切り・薄切り・おろしと役割ごとの替え刃がついたセット商品。使うのは結局1枚だけで、残りは洗う手間と収納場所を食うだけになりがちだ。買うなら単機能のスライサー1枚でいい。

電子レンジ調理グッズ全般

「レンジでパスタ」「レンジで温野菜」といった専用容器は、耐熱ボウルとラップでほぼ代用できる。専用品を買い足すほどの性能差はない。引き出しを圧迫する原因の筆頭だ。

料理長メモ:道具を買うか迷ったら「週に何回使うか」を想像してほしい。週3回以上使う姿が浮かばないものは、たぶん一生使わない。厨房の整理で処分した段ボール3箱は、全部この基準で消えた道具だった。

ベスト5早見表

順位道具価格目安選び方の基準
1位三徳包丁1万円前後刃渡り16〜18cm・手に合う柄
2位鉄フライパン3,000〜6,000円26cm・板厚1.6mm
3位竹製木べら500〜1,000円先端が薄く斜めカット
4位ステンレストング1,000〜2,000円23〜27cm・先端がなめらか
5位キッチンスケール2,000〜3,000円0.1g単位・最大2kg以上

5つ全部揃えても2万円でお釣りがくる。

まとめ

20年厨房に立って手元に残った道具は、派手なものではなかった。よく切れる包丁、火力に強いフライパン、鍋底をこそげる木べら、確実に掴めるトング、味を安定させるスケール。全部、毎日の基本動作を支える道具だ。

便利グッズを10個買うより、この5つを一度きちんと揃えるほうが、料理は確実に快適になる。道具選びで迷ったら「週3回以上使うか」で判断してほしい。

料理長まっくるの和食帳では、現役料理長の視点から肉料理・和食の知識を発信しています。

ベスト5の具体的なおすすめ商品

各順位について、記事の基準を満たす具体的な商品を挙げておく。全部揃えても2万円台前半だ。

1位|藤次郎 DPコバルト 三徳包丁 170mm

「1万円前後で研いで長く使える」の条件そのままの一本。プロの現場でも使われる鋼材で、砥石と組み合わせれば10年単位で付き合える。

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2位|リバーライト 極JAPAN 鉄フライパン 26cm

窒化加工で錆びにくく、鉄デビューのハードルを下げてくれる定番。強火の炒め物が家庭でできるようになる。

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3位|にちにち道具 調理へら 30cm(国産天然竹)

先端が薄く、鍋底の旨みをこそげ取る性能が高い国産竹べら。消耗品と割り切れる価格なのもいい。

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4位|柳宗理 ステンレストング(穴あき)

継ぎ目のない一体成型で洗いやすく、先端がなめらかで食材を傷つけない。グッドデザイン賞を取っているだけあって、握ったときのバネの塩梅が絶妙だ。

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5位|タニタ クッキングスケール KJ-212

0.1g単位・最大2kgの条件を満たす定番機。シリコンカバーが外して洗えるので、粉や調味料をこぼしても気にならない。

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