厨房でステーキを仕込むとき、肉をまな板の上に並べてから実際に焼き始めるまで、20分近く待つことがある。何もしていないように見えるかもしれないが、この時間こそが仕上がりを左右している。冷蔵庫から出したばかりの肉をそのまま焼く新人がいると、まず手を止めさせる。
料理歴20年以上の現役料理長として断言する。ステーキは焼いている間よりも、焼く前の準備で9割が決まる。
焼く前の準備が最重要
常温に戻す時間
冷蔵庫から出したての肉は中心温度が5度前後まで冷えている。この状態でフライパンに乗せると、表面が焼けている間も中心はまだ冷たいままで、火の通り方にムラが出る。
厚さ2cm程度のステーキ肉なら、常温(20〜25度)に30分ほど置いておく。中心温度が10〜15度くらいまで上がっていれば、焼いたときに熱がスムーズに伝わっていく。夏場は室温が高いので20分程度、冬場は40分ほど見ておくといい。
水分を拭き取る
肉の表面に水分が残っていると、フライパンに乗せたときにその水分が先に蒸発しようとして、肉の温度が上がりにくくなる。結果として、焼き色がつくまでに余計な時間がかかり、その間に中まで火が入りすぎてしまう。
キッチンペーパーで表面をしっかり押さえて、水分を取り除いてから焼き始める。これだけで焼き上がりの精度がかなり変わる。
塩のタイミング
塩を振るタイミングは、焼く直前がいい。早く振りすぎると、塩の浸透圧で肉の水分が表面に出てしまい、旨みが流れ出る原因になる。焼く1〜2分前に振るのが目安だ。
胡椒は焦げやすいため、焼く直前ではなく焼き上がった後に振るほうが、香りを損なわずに済む。
料理長メモ:新人の頃、常温戻しを面倒くさがって冷蔵庫から出してすぐ焼いていた時期がある。表面はいい焼き色がついているのに、切ってみると中心がまだ生っぽく冷たい。あのがっかりした断面は今でも覚えている。準備の時間を惜しむと、必ずどこかで返ってくる。
火入れの手順
厚さ2cmのステーキを基準に手順を書く。
- フライパンを十分に熱する 強火で1〜2分、油を引いて煙が薄く立ち始めるくらいまで熱する。フライパンの温度が低いと、肉を乗せた瞬間に温度が下がり、焼き色がつく前に肉汁が出てしまう。
- 強火で焼き付ける(片面1分半〜2分) 肉を乗せたら動かさない。表面にしっかり焼き色をつけることで、旨みを内部に閉じ込める膜ができる。裏返して同様に1分半〜2分焼く。
- 弱火〜中弱火に落として火を通す(片面1〜2分ずつ) 表面に焼き色がついたら火を弱め、側面もフライパンの縁を使って軽く焼きながら、中心まで熱を伝えていく。ここで焦って強火のままにすると、外側だけ焦げて中が生焼けになる。
- バターと香味野菜で仕上げる(30秒〜1分) バターと潰したにんにく、あればローズマリーなどを加えて、フライパンを傾けながら溶けたバターを肉にかけ続ける。香りづけと同時に、余熱でじんわり火を入れる仕上げの工程になる。
全体の焼き時間は、厚さ2cmでミディアムレアを狙う場合、合計でおよそ6〜7分が目安だ。
「休ませる」工程の意味
焼き上がった肉をすぐに切ると、断面から肉汁がどっと流れ出てしまう。これは加熱によって肉の内部の水分が中心に向かって圧縮され、圧力が高まっている状態だからだ。
アルミホイルで軽く包み、常温で5分ほど休ませることで、圧縮されていた肉汁が繊維全体にゆっくり再分配される。休ませずに切ると、まな板の上に肉汁が全部流れ出てしまい、パサついた食感になる。
休ませている間も、余熱で中心温度がさらに2〜3度上がる。焼き加減をミディアムレアに仕上げたいなら、焼く段階ではやや手前(レア寄り)で火から下ろし、休ませる時間で仕上げるくらいの感覚がちょうどいい。
厚さ別の焼き時間の目安
肉の厚みによって、強火・弱火それぞれの時間配分が変わる。ミディアムレアを想定した目安を示す。
| 厚さ | 常温戻し | 強火(両面合計) | 弱火(両面合計) | 休ませる時間 |
|---|---|---|---|---|
| 1.5cm | 20〜25分 | 2分 | 1分30秒 | 3〜4分 |
| 2cm | 30分 | 3〜4分 | 2〜4分 | 5分 |
| 3cm | 40〜45分 | 4分 | 5〜6分 | 7〜8分 |
厚みが増すほど、強火の時間よりも弱火でじっくり火を通す時間の比重が大きくなる。厚い肉を強火だけで攻めると、表面が焦げて中心が生のままという典型的な失敗につながる。
よくある失敗と原因
固くなる
強火で焼きすぎているか、休ませる工程を省いていることが原因のほとんどだ。強火の時間は表面に焼き色をつける最低限にとどめ、あとは弱火でじっくり進める。休ませる工程を必ず入れることも忘れないでほしい。
血のようなものが出る
厳密には血ではなく「ミオグロビン」という赤い色素を含んだ肉汁だ。衛生的な問題はないが、見た目が気になる場合は、焼き加減をミディアム寄りにするか、休ませる時間をやや長めに取ると赤みが落ち着く。
中が冷たい
常温戻しを省略したまま焼いていることが最大の原因になる。表面の焼き色に気を取られて、中心温度への意識が抜け落ちがちだ。常温戻しの30分は、面倒でも省略しないでほしい工程になる。
まとめ
ステーキの仕上がりは、焼いている数分間よりも、その前の準備にかかっている。常温に30分戻し、水分を拭き取り、焼く直前に塩を振る。この下準備を丁寧にやるだけで、フライパンの上での失敗はかなり減る。
火入れは強火で焼き色、弱火でじっくり、バターで仕上げ。焼き終わったら5分休ませる。この流れを覚えておけば、家庭のフライパンでも十分プロに近い一枚が焼ける。
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