最近「タイパ」という言葉をよく耳にします。
タイムパフォーマンス──時間をいかに効率よく使うか、という考え方ですね。
もちろん効率が上がること自体は悪くありません。私自身も日々の生活や仕事の中で「どうしたらよりスムーズに動けるか?」を考えながら過ごしています。
ただ、タイパを追い求めすぎるあまり、逆に息苦しさを感じる瞬間ってありませんか?
今日はそんな「タイパ疲れ」について、少しお話ししてみたいと思います。
■ マルチタスクは、本当に効率がいいのか?
タイパ向上のためによく語られるのが“マルチタスク”。
複数の作業を同時進行することで時間を節約できる、と言われています。
けれど、よく考えてみると人間のリソースはひとつ。
10のエネルギーを持っていたとして、それを3・3・4に分けて複数のことを進めれば、当然ひとつひとつの精度は落ちてしまいます。
実際、「全部やっているつもりなのに、どれも中途半端に感じる…」という経験をしたことがある方も多いと思います。
私もどちらかというと、一つのことに集中した方が結果的に早く終わり、仕上がりの満足度も高いと感じています。
だから最近は、シングルタスクを素早く回す方が自分に合っていると感じています。
■ 工程を省くことが、必ずしも良い結果につながらない理由
タイパを意識すると、「省ける作業はどんどん省こう」という発想が出てきます。
確かに無駄を削ることは大切ですが、省くことが目的になってしまうと、肝心の「質」が下がりがちです。
例えば、本来は「1 → 10」まで順番に積み上げるべき作業を「1 → 3 → 7 → 10」と飛ばしていく方法。
時間は短縮できますが、仕上がりはどうしても粗くなります。
丁寧に進めるべきところまで省略してしまうと、
「なんとなく満足できない」
「仕上がりに違和感がある」
そんなモヤモヤを生むことがあります。
タイパは大切。でも、丁寧さを犠牲にしてまで急ぐ必要はないと私は思っています。
■ タスクを詰め込みすぎると、余白がなくなる
効率化が進むと、タスクをこなすスピードが上がります。
すると自然と「時間に余裕ができる」はずなのに──
多くの人がその余白に、また新しいタスクを詰め込んでしまうんですよね。
気がつけば、
「効率化すればするほど忙しくなる」
そんな矛盾が起きてしまいます。
予定がびっしりになり、気持ちの余裕がどんどん失われていく。
これでは本来の目的である“生きやすさ”から遠ざかってしまいます。
タイパを追いかけるあまり、心がぎゅっと締め付けられるような感覚になることがあるなら、それは少し立ち止まるサインかもしれません。
■ 本当に求めたいのは「雑になるための効率化」ではなく、「余白をつくる効率化」
タイパそのものは悪者ではありません。
むしろ上手に使えば、私たちの生活を助けてくれる大切な考え方です。
例えば、
- AIを使って考える時間を減らす
- 家事を自動化する
- ルーティン化して迷うエネルギーを減らす
こうした“仕組み化”は、自分の負担を減らし、生活に余白を作ってくれます。
でも「工程を飛ばして雑にする」「空いた時間をさらに埋める」といった効率化は、結果的に自分を追い詰めてしまいます。
本来の効率化は、
自分を楽にするためのもの。余白を取り戻すためのもの。
そうあるべきだと思っています。
■ 今日も一つずつ。ゆっくりでも大丈夫。
タイパを求めるのは悪いことではないけれど、
タイパに振り回されてしまうと、いつの間にか自分を苦しめることがあります。
だからこそ私は、
ひとつのことを丁寧に終わらせる。
余白をつくるために、効率化を使う。
そんなバランスを大切にしています。
時間を縮めることに必死になりすぎなくても、
ゆっくりでも一歩ずつ進めば、ちゃんと前に進める。
今日も無理に詰め込まなくて大丈夫。
ひとつ終わったら、それで十分です。